葉山ひねもす手帖

マッサージは祈り

葉山、一色海岸目の前、アーユルヴェーダとアロマセラピー専門サロン「Hayamaひねもす」です。

今日は、ちょっと真面目な話です。
最近、マッサージを教えたりすることが多くなって、生徒さんの真摯な姿勢に、
胸熱となっております😂

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私が、決定的に、トリートメントに対する考えが変わったのは、父の介護のときでした。

それまで、アジアを放浪し、現地の学校などでマッサージを学んだり、国際アロマ資格をとった後で、
サロン勤めをしていた私。

また、何カ所かのサロンで働いていたころに、素敵な先輩や同僚にも恵まれ、アドバイス、てほどきをうけ、練習にたくさんつきあってもらっていたおかげで、お客様に褒められることも増えていました。あたまでっかちの見当違いの自信を身につけ、「何かをできる」気になっていたのかもしれません。

なんてことでしょう。恥ずかしい話です。無知というのは。。。。。!
今、書いていて顔がまっかになっています。ヽ(;´Д`)ノ

父が末期がんとわかったときも、家中にアロマディフューザーを置き、痛みをとるアロマバスやハーブ湿布などを父に施し、どうにかして、自分の手で、父を楽にしようとしていました。精油を使ったターミナルケアの本をよみあさり、また実際にお話をうかがって実践してました。

今思えば、その方々の真の目的を推し量る理解力もなく、あせってやみくもに手当り次第におこなっていたのですね。

父ではなく、私自身を楽にしようとしていたことに、今は気づきましたが。

まだ介護が始まったばっかりの父は、「なんだこの匂いは?」といってアロマバスなどにはいってくれませんでしたが、やがて、体調がきつくなって身体の自由がきかなくなるのと同時に、いそいそと動き回る私を目で追い、何も言わなくなりました。

入院してからは、副作用でむくんだ足をトリートメントしてもよいとドクターより許可をいただいたので、緩和ケアの本のブレンドを参考にし、塗布や軽擦をしていました。

しかし、一向にむくみはひかず、睡眠薬の量は増え、痛みも治まりませんでした。

「なんで、むくみがとれないんだろう。効能を調べてブレンドしているのに。私は今まで何を勉強し実践してきたのだろう😫」

「こんなに一生懸命しているのに、なんで、作用しないんだろう。」

と愕然とし、ふいに涙がとまらなくなってしまいました😢」

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しばらく間があいて、父が、言いました。

「もう、いい。十分やった。」

そして聖書を読んでくれというので、病院の図書館に走り、聖書を借りてきました。
父は、キリスト系の大学でしたが、生まれが富山で、幼いころから浄土真宗に親しんできていたので、やや不思議に思いましたが、強い鎮痛剤の作用で、記憶がおぼろげで、自分がもう死んでしまっていると思って話をしてきたり、昔の話をしていたこともあって、とりあえず、最初のページから読み始めました。

ところが、聖書って🤪
最初のほうは、なんとかのこどもは、なんとかであり、なんとかのなんとかは、というように、カタカナ氏名の一族の系図みたいですよね!
これが痛みを和らげるのかな?と疑問に思いましたが、何度もつっかえつっかえしながら、

お見舞いに行くたびに、寝ているのか、起きてるのかもわからない父の前で、声にだして、読みつづけました。

ちょうど、12月に入った頃です。病室は日当たりもよく窓からは、よく手入れされた病院の庭の木々も見え、暖房も効いていて、時間がとまっているような、世間からは隔離されたような空間でした。

父の癌が進行しているこの事実さえ、非日常のような感じがする、おだやかな日々でした。

やがて、父は旅立ちました。

遺品整理をしていて、父が大学時代に使った聖書が見つかったので、

ぱらぱらめくっていると、若き父が書いたであろう聖書からの引用と、父の解釈かそうでないかはわからないのですが、覚書が、いちばん最後のぺージに、書き残されていました。

「自分の義を、見られるために人の前で行わないように、注意しなさい。」

~マタイによる福音書より第6章 第一節~

《道徳は人と人との関係にもとづくものだから、どうしても自分の正しさを他人に認めてもらおうとする気持がおこる。それが極端になると、他人に見せるために、心にもない善行をするようになる。

私は、それでいいと思っている。

見えすいた善行は不愉快なものだが、見ている人たちが、そう思わなければ、悪いことをするよりましである。むしろ、今日では、そういった気風さえも失われているようにみえる。

しかしながら、私たちが混乱とした世の中にあって社会をつくり直そうとするときは、道徳はもっときびしいものになる。他人の評価を目あてにする行為は、個人の反省力を失わせる。

かえって私たちが世俗の道徳にとらわれず、つねに私自身を見うしなわないようにするとき、

私たちは、道徳のいきいきとしたはたらきにふれることができる。》
(父がかつて若き大学生だったころ書いたと思われます)

なぜだか今までの後悔すべてが、若き父により、さとされ、許された気がしました。

それから、私は、自分でどうこうしようとするトリートメントをするのはやめました。私には、そんな力はないことに気が付きました。

それからは、トリートメントの度に、こう祈ることにしています。

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「えー、神様、わたしは、今からこのお客様に、トリートメントをします。わたしの体調は万全です。オイルをつくるところまで、気をぬくとこなくできました。

部屋もベッドも快適な温度に設定しました。マッサージの圧も手技も順番もオイルを使うマッサージかどうかもこだわりません。自分の手を痛めない範囲で、お客様の身体と心にの声にあわせ、いかようにもします。

ただ、私には、治す力も、癒す力もありません。

なので、神様、父さん、母さん、お客様。そして薬草オイル。

どうか、いちばん合ったトリートメントができるよう導いてください。どうかお願いします。」

マッサージは祈り。

アーユルヴェーダとアロマセラピー、すべての療法に共通しているのは、

丁寧でひたむきな祈り。

私が今まで習ったアロマの先生は、こう教えてくれました。

「寄り添うようにありのままを受け止めるの。でも、一緒に、淵には落ちていかない。同調してしまったらだめなの。(お客様の底力を信じて)自分と相手の立ち位置を見極めて、施術するのが、結果的にお互いを癒し、幸せにするのよ。」

時間はかかりましたが、その意味がやっとわかりかけてきたかもしれません。

旅のはじめ、生まれたときは、手ぶらだったのに、旅を続け、年を負うごとに、背負う荷物が重くなり、つい人と自分の荷物を比べてしまったり、また時には、荷物を全部盗まれてしまうこともあります。そんなときは、疲れ果て、もう、旅をつづけるのはやめてしまいたくなりますよね。

しかし、私が励まされた、アーユルヴェーダのテーマによると、旅とは、荷物の有り無し、重さが重要ではなく、

『自分が生まれる前に決めた、「今期」の目的地に必ずたどりつくこと。』

のたりのたり一緒に進みたいですね。

歩き疲れたらひねもすへどうぞ!

今日も薬草オイル煮込んでお待ちしております。

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葉山、一色海岸オーシャンビュー
アーユルヴェーダとアロマセラピー専門サロン
【Hayama ひねもす】
♦完全予約制 10:30~20:00(女性専用)
♦定休日 月曜日(応相談)
♦所在地 神奈川県三浦郡葉山町一色2116葉山ビーチハウス201
♦電話 09048675568
♦お得な割引 施術終了後、次回のご予約(2ヶ月以内)を入れていただいた場合、10パーセントオフいたします。日時変更は、2日前までにご連絡ください。前日・当日の場合は、次回定額となります。
また、シロダーラ、ハーブボールをご予約の方で、前日、当日キャンセルの方は、材料費として、施術料金定額の半額をいただきますことをどうぞご容赦ください。3日前より、
ご予約に応じて煮出しているため、何卒ご理解のほど宜しくお願いいたします。

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